damp
形容詞
落胆・気落ちさせるもの




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閉じ込め続ける。
解放は簡単だ。
腕を広げればいい。
細いとさえ錯覚する、ホームズの背中からワトソンは抱きしめ縋りつく。
同じ錯覚をおこす、ホームズの項に顔を乗せて溜息一つ。
冷たいはずのベッドは、まんなか二人だけ熱く沈んでいる。
窓からの光で確認しなくても、朝だ。
ワトソンは起き上がらなければいけない。

ここで身勝手な想像。

ホームズは動きたくない、と。
起きているだろうに動かないから、と。

何もかもわかっているから、腕の力を強める。
朝に現れないことは、ハドソン夫人はまたかと思っているだけだろう。
しかし、ロンドンは今も生きている。
いつか誰かホームズを探しに来る。
ワトソンの部屋にも、やがて人は来る。
「ぁ」
昨日はお互い服を着て眠ってしまった。流れてしまった涙は簡単に、目の前の背中に消えていってしまった。
大きな、大きな溜息。
器用に、ホームズの右手が伸びて涙を拭いた。
涙を拭いた手は、乾燥している。多くの傷も感じられる。たったそれだけで、またワトソンは涙が出た。
「わかっているよ。でも、わかってほしい」
「わかるさ。でもわからない」
些か腹が立つ。それだから余計に涙が出て、ごまかす為にワトソンはホームズの耳に噛みついた。
笑いと囁き。
「それならまた一つになろうか」
ホームズの左手が太股を這う。
「どうぞ」
けれど、その手は離れていってしまう。
「今日はかまっている暇はない。
君もだろ」
あんなにも、力一杯抱きしめていたというのに。するりホームズは起き上がる。動けないワトソンを見下ろす。

「ワトソン」


何も思わないのか。


「ワトソン?」


離れることが傷つくことが、やはり一人なんだと気づかされる世界を。
その世界で当たり前に生きている、あなたを。


「時々だ。嫌になる。ホームズ、君は自分一人だけの世界でも大丈夫なんだ。
だから、何もできない自分がそれを気づかせてしまう世界が嫌になる」
身を屈め、ホームズが近づく。何をするのかとワトソンは身構える。
キス、だ。
額に触れた唇は頬に触れ、首に触れる。
「んっ!跡はつけないでくれ!」
「どうして?」
「どうしてっていつも言ってるじゃあないか」
「君が不安になるから残しているだけだ」
その言葉は卑怯だ。
ワトソンは知っている。
目立つ跡を残したこの男が、執着に無縁であることを。人は移ろうものと、哀しいほどに思っていることを。彼だけが執着し続けるのだと、思い込んでいることを。
「それにもう気づいているだろう?赤い花はどこに咲いているのか」
その場所も、ワトソンは知っている。
この男にだけ触れれる、触れさせる場所を。下衣を身につけるときに、目線が泳ぐようになったことを。
「ワトソン?」
溜息一つ。
「わかった。起きるよ」
降参と、首を振り振り起き上がる。去ろうとするホームズに、未練がましく一言。
「何をするんだ?」
振り返った顔は、無表情。
「ワトソン君にぜひとも手伝ってほしいことさ」
けれど、声は優しく。
静かに扉は閉まる。慌ててワトソンはベッドから飛び降り、身支度を急いだ。
時は明確に動き出した。取り残されたくはない。