embalm
動詞
…を留める




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それは事件の現場に向かう、馬車の中での出来事だった。





あぁ血がでているじゃあないかと、ハンカチを渡された。
ホームズ、ハンカチ。
妙にちぐはぐな組み合わせに、思わずそれらをワトソンは凝視した。
ほら血がでているじゃあないか、とまた言われハンカチを押しつけられる。
ポケットに偶然入っていたのを今まで忘れていたのか。にしては、白のハンカチは折目正しく清潔だ。
がたんごとん。馬車は揺れる。
ハンカチを差し出した手は、揺れない。
「ワトソンさん、取ったらどうですか」
隣に座る、レストレードに促され、あぁとようやくワトソンは受け取った。
けれど、傷。
思わずハンカチで隠してしまう。
指先にできた傷は確かに、血がでている。うっすらとだけ。
指摘されるまで思い出しもしなかった。
どこでつくったのか。
そう、本で切っただけのありふれた傷。ハンカチで押さえるまでもなく、誰かに優しくしてもらわなくてもいい。
本当はホームズさんて優しいんですね。
なるほど君はそう思っていたんだ。
いえ決してそんなことではなく、などと会話するレストレードとホームズ。
黙ったままでは決まりが悪いと、ワトソンも参加したいのだが。
まだ、頭がまとまらない。この現状がよくわからない。
逃げるように見る、窓の外。
揺れる景色。
ホームズと不似合いなハンカチ。ホームズと小さすぎる傷。
揺れる、揺れる。
「あ」
ふ、と香る。
ワトソンではなくレストレードではなく道ではなく馬ではなく、ホームズの匂い。
苦く、甘い。彼が好む、シャグ煙草の匂い。
「傷が痛むのかい」
見てしまった、
優しく、甘い。彼なりの、微笑み。
「いいや」
なぜ頬が熱いのだろうか。
「いいや」
繰り返してみても、言葉はでない。
「痛むのか?」
痛むのか、なんて。
医者である自分以上に、様々な怪我を見ているホームズだ。
わかっているだろうに。
息が苦しい。
「ワトソン、大丈夫さ。
ハンカチぐらい暫く貸してあげるよ」
「あ、あぁ」
言葉がでないまま、頷いた。
握り締めた手から香る。
残念ながら、季節は冬ではない。
扉や窓の隙間から来る、風は生温い。
冷める暇がない上昇した体温と、香りは合わさっていく。
酔ってしまいそうだった。
ナニカに。







それは事件の現場に向かう、馬車の中での出来事だった。
繰り返し行われてきた日常の一時、のはずだった。