先程まで何をしていたか。
ワトソンは思い出せなかった。
居心地のいい我が家の居間。窓からは優しく日が降り注ぐ。
散歩に出てしまえば、よかった。
手にかさついた感触。
あぁ、本を読んでいたのだとようやく思い出す。


そうだ。
この陽気に気づき、出かけないかと思ったんだ。


遠く離れた意識が囁く。いや、それすらも煩わしく。
ただ、ワトソンは必死になって見続けた。
隣斜め前に座る、同居人兼恋人を。
おかしなところで几帳面なホームズは、今は黙々と実験器具を磨いている。
ワトソンの眼から見れば、そのガラス製の実験器具は既に奇麗なのだが、何か気にいらないところがあるようだ。
時折、光に透かしたり細かく布を動かしている。
よくある光景なのに、眼が離せない。
細く、繊細なしかし傷だらけの指。
たまに浮き上がる、腕の筋肉。
実験器具のせいかなのか、きらきらと肌に光は落ちて。
不健康ではなく、一種の彫像のような質感を与え。
しかし、ワトソンはその内の熱を知っている。


呼吸が速くなる。


アンバラス。
それゆえの美しさ。


それにだ。
こうやって見ると、ホームズはやはり男前だと気づかされる。
少し恥ずかしくもなぜか誇らしくも、よくわからないが嬉しい。
全てが絡まりあい、見飽きない。
幸せだと、ワトソンはにんまりと笑った。

「なんだ。
発情しているのか」


無遠慮な言葉にその笑みが凍った。


「は?」
「違わないだろう?」

ホームズの手が伸びる。
ぐぅと股間を押され、ワトソンは短く悲鳴を上げた。

「ほらね」
「ななななっなっ!ホームズ!!」
「違うのかい?」


悪戯っ子のように笑う顔が、また本当に美しく。
ワトソンは唇を噛みしめた。
眺めていたかっただけだ。
美しいものを傍で見られる喜びに浸っていたかっただけだ。
それだけだったはずなのに。いや、それだけだったのだろうか。
呼吸が速くなる。
あぁ。もう。
全てが煩わしい。
発情した、でいいじゃあないか。
返事の代わりに、ワトソンはホームズに噛みついた。