花売りが声をかけてきた。


すてきなお兄さん。お花はいかが?


差し出された、赤い花。
ワトソンの美しい植物に関する少ない知識の中で、その花の名前は見当たらなく。
ただ、赤い小さな花だと。

「いえ、いりません」

だから、ではなく、あげる人がいないからで。
飾る場所もない。
思えば、この花がかわいそうだからだ。
どうせなら居場所を作ってくれる人が買うべきだ。
「いいのかい?」
わかっているだろうに聞いてくる、ホームズ。
少しの嫌味と苦笑を込めてワトソンが睨めば、くすくすと笑われる。
「じゃぁハドソン夫人にでも贈ろうか?」
「いや、彼女は嬉しがるだろうけど困るだろうね。
なにせ我々は一人身なのだから」

一応は。
ひそり。ホームズは囁いた。



一応は。


その意味を理解するよりも、その唇に頬が赤くなる。

知らず、ワトソンは耳に触れていた。
ちょうど、唇が触れていた場所に。
言葉が見つからない。
「そうだね、ワトソン君。
君にあげようか?」
「え」
「ははっ冗談だよ」

「そうだろうね!」

それだけ言うのが精一杯で。
頬が熱い。

所在なさげに立っていた花売りはやはり買ってくれなさそうだと、どこかへと走り出した。
「君にあげたとしても場所がないからね。
もちろん、その逆も」
「そうだろうね!」
「だからと言って似合わない、という訳じゃぁない」
「あぁそうだね!」
歩みを止めていた足を動かす。
ホームズを置き去りにして。
ワトソンの耳に押し殺したような笑い声が届き、風に消える。
「ホームズ!何止まっているんだい?!」
「それはこちらの台詞だよ。
何を怒っているんだい?」
「怒ってなんかいないさ」
「ふうん」
二人肩を並べ、街を歩きだした。と、思えば裏路地に。
引っ張り込んだ、ホームズはにぃと笑った。
壁に押しつけられた、ワトソンは息を飲んだ。
「何を」「花をあげなかったから怒っているのかと思って」
「それで」「ワトソン。
最高に似合う、僕だけしかあげれない花をあげよう」


なにもかもが狡い


近づいてきた顔。首筋に痛み。
いつもより、確実にわざと。
キスマーク


ようやく離れた顔を、ワトソンは睨んだ。
くすくすと苦笑が返される。
「それで?」
「なにが?」
「満足かい?」
「いいや。まだ君からもらってない」
「へぇ」
ホームズはひそり、囁いた。


ベッドの上でください


また、ワトソンの頬が赤くなる。
それでも、首は動いた。
「じゃぁ早く帰ろう」
二人肩を並べ、歩き出す。
速度が変わったのは、お互い様で。
ふわり吹いた風が、赤い花を垣間見せた。