いつも気にかかる。
その手。


一つ、ワトソンは溜息を吐いた。


それをどうとらえたのか。

「そうだね。ヴァイオリンでもひこうか」

手の持ち主、ホームズは逃げてしまった。
本当に観察できているのか。


また一つ、溜息をワトソンは吐いた。


わかっているのだろうか。
医者として、いや、側にいる者として。




どれほど心配しているか。



「さて、何がいいかな」
気がつけば、ヴァイオリンを手にしたホームズが立っている。うきうきとした様子だ。
つられ微笑み、ワトソンは口を開いた。
「君が好きな曲でいいよ」
「そうか。じゃあこれなんかどうだろう」
ゆるりと、広がる音楽の波。ゆらりと、漂いそうになった。
そのとき。
ワトソンの眼に、赤が飛び込んだ。


正確には、手。
絆創膏から滲む、血。


「ホームズ!」


「ん?なんだい?」
「なんだいじゃないよ!血がでているじゃないか!」
慌てて駆け寄り、ワトソンはホームズの手を取った。そして、今日一番の溜息を吐いた。

この手。
傷だらけの、この手。

「ホームズ…ねぇお願いだ。
むやみに傷をつけないでくれ」
言ってもしょうがないかもしれない。けれど、言わずにはいられない。
「これかい?実験のときだかにつけた傷だろうね。たいした傷じゃあない」
「そうだろうね」
浅い、傷は数ばかりが多い。

「ホームズ。僕は君が心配なんだよ」

そして見上げた、顔。ぎりと思わず、ホームズの手を握ったワトソン。
致し方ない。
医者だからか。よくわかる、この顔。


例えば、
「怪我したんだ。ほら、ね」
というような。
それは、不器用なアピール。



「ホームズ!」



つい怒鳴りながらも、本当には怒れない。しでかした人物がまるっきり、気づいていないのだから。
「なんだい?ワトソン」
「いや、その、こんな手でヴァイオリンなんかひかないでくれ」
「あぁ大丈夫さ」
「とにかく。替えの絆創膏と消毒薬を持ってくるから、おとなしく座っていてくれよ」
「ん、わかった」
どこまでも不器用で無頓着な、愛しい人。
恭しく手を離す。できることなら、キスしたい。
押さえ込み、ワトソンは微笑んだ。
黙って、微笑みながら、愛しい人のために急いだ。
そのことに、少しかなしみながら。