「さみしい、とないているよ。」


遠く聞こえた、何かの声。物言えぬ獣の声。


思わずなぜかホームズが呟いてしまった言葉。来客用の椅子で寛ぐ友人が笑う。
どう意味かはわからない。
ただ、笑われたことに腹がたった。

「犬も、猫も、そう言っているんだ!」

荒げてしまったホームズの声にまた笑い声が重なる。




「天下のシャーロック・ホームズでもさみしいなんて思うんだね」




嘲りか無邪気か。

「誰か紹介しようか」
「…君よりも僕のほうが交遊は広いと思うのだがね」
「まぁそうだろうけども」
「ほらね、……君、そうだろう」
「そうだろうけど女性に関しては僕のほうが広いさ」

遠く、獣の声。



「ワトソン」



避け続けていた名前は苦く、苦く。



「…君、すまないが帰ってくれないか」
「大丈夫かい?」
「あぁ。…君にも聞こえているだろうか」
「何が?」
「いや、なんでもないさ」
「ホームズ?」
「わかっている。やってない。
少し、寝不足なだけだ。
それだけなんだ」

もう、言葉にできない。
精神が崩れる。


それじゃあまた、と軽く友人は帰っていく。
自分の家に愛する女性のもとへ。



認識しなければいい。
あの存在を消去せよ。
名前を呼ぶな。



ホームズは椅子に座った。友人がつい先程まで座っていた椅子。
微かな痕跡が残っている。
その椅子に包まれるように、小さくなる。
そうして、少しないた。