「やぁ。やはり来たね」 満面の笑顔のホームズにレストレードはあぁと歎いた。 「あの絵画の行方だろうか?それともあの男の行方だろうか? どちらでもいいさ。答えはどちらも簡単なのだから」 気前よく機嫌よく喋るホームズ。 だが、騙されてはいけない。 部屋の入口付近で固まったままのレストレードは、なんとか口を開いた。 「ワトソンさんは?」 ほうら、悪魔は笑う。 「今は出掛けてる」 でも、すぐに戻ってくるさ その言葉は耳元で聞こえた。 「また、ですか」 暴れればいい。叫べばいい。 出口はすぐそこ。 けれど、レストレードは動けない。 梳かしていない頭に血色の悪い肌。眼ばかりがぎらぎらと。 本当に悪魔のよう。 だからか。 その顔が近づき薄く冷たい唇が触れるのを、レストレードが許すのは。 「んぅっ」 小さく洩れた声が合図のように、ホームズは手を伸ばした。固定だけのために、その背を支える。 わかっている。 ホームズの心がレストレードにはないことを、何より本人同士がわかっていた。 それでもこの無駄な行為を続けるのは、ホームズの幼さでありレストレードの。 「ん―すぐってどれくらいでしょうか」 「さぁ」 「さぁって」 「でもすぐさ」 あとどのくらい、独占できるのか。 詳しく聞きたかったレストレードだが、久々の甘さに身体が溶けていく。 一方的に上がる体温。 狡いと息の間で囁けば悪魔は笑う。 「君が悪いのさ」 ホームズは何としてでもワトソンの関心を取り戻したかった。 レストレードは。 「ふぁ・・・ホームズさ、ん・・・」 振り払うように首を振る。 突き飛ばされた。 わざと横向きに転び気づかれないよう自ら尻を差し出し、レストレードは見た。 扉に向かって。 まだ扉は開かない。 まだワトソンは帰ってこない。 いつからだろうか。 痴話喧嘩に無理矢理巻き込まれたと思わなくなったのは。 本当は嫌ではないのだと気づいたのは。 この人を独占したいのだと。 いつからだろうか。 ワトソンの歪んだ顔がおもしろくてしょうがないのは。 いやに強い力でホームズはレストレードのズボンを掴んだ。 微かに震える手に、声をかける。 「もう止めましょう。今ならワトソンさんだって傷つかないでしょう?」 するといつものように、押し殺した囁き声。 「傷つけばいいさ。 私がどれだけ傷ついたと思ってるんだ。同じくらい傷つけばいいんだ」 そして、ホームズは動き出す。 否定するようにわざと大きく首を振り、レストレードは腕で顔を隠した。 にやけた顔を。 まだ扉は開かない。 まだワトソンは帰らない。 はやくかえってくればいいのに。 文