ワトソンは息を吐いた。
冷たさに息が凍る。
子どもが熱だと往診に出掛けたが、今度はワトソンが熱をだしそうだ。


鼻の頭が赤い。
今日はよく冷えた一日だった。


人々が足早に歩き去っていく。ワトソンもまた、足早に歩いた。
あたたかな家に辿り着き、扉を開ける。
ふぅとワトソンは笑った。


暖炉に火。机にマグ。
ふんわりとした、空気。
そして、ホームズ。


「外は実に寒かっただろ。
すぐにあったまりたまえよ、ワトソン」
「あぁ・・・そうするよ」
コートを手袋を片付け、鞄を片付け。
暖炉ではなく、ワトソンはホームズに近づいた。
一歩一歩近づく度に、ホームズの耳がかすかに動いたのは気のせいだろうか。
どうしようもない思いが浮かぶ。


誰かが待っていてくれる。ちょうどいい時に欲しいものがある。
つまりは、こうじゃないか?
ホームズは待っていた。
待ち焦がれていたのだ。


きっと。




そんなこと考えている自分は
なんて自惚れているんだろうか!



耐え切れず、くすくすと笑うワトソン。ホームズが振り返った。
むっとした顔に慌てて首を振る。
「違うよ!君を笑ったんじゃない!」
「じゃなんだい?」
「その、ちょっと自惚れていたんだ」
そんな考えをしてしまったのは、寒かったからだろう。
あんまりにも、この空間がすばらしいからだろう。

「それなら私も自惚れさせてもらおう」

ホームズが立ち上がると、手を掴んできた。
まだ寒さから解放されていない、じんじんと赤い手。

「この手をあたためていいのは、私だけだと」
触れた唇が熱い。
「この唇をあたためていいのは、私だけだと」
触れた唇が、熱い。


「君と同じに自惚れていいだろう?」


熱さに、溜息を吐いたワトソンに浮かぶ笑み。
その赤くなった頬。

「だから、ほら早くこちらに来たまえ」
ホームズは眼を逸らした。
触れたときにわかったのだ。
今、ワトソンに必要なのは、赤々とした暖炉なのだと。
残念だが、と呟いた声は誰にも聞こえることなく消えていった。
「ほら、早く座りたまえ。
冷えきっているじゃないか。ワインも冷めてしまう」
「ありがとう、ホームズ」
いそいそとワトソンは椅子に座り、マグに手を伸ばした。
じんわりと身体の中からあたたかい。


なによりもしあわせで。


暖炉に火。机にマグ。
ふんわりとした、空気。
そして、恋人のホームズ。



この上もない、幸せにワトソンは深く深く微笑んだのだった。