thaumaturgy
名詞
魔術・奇術




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寒い。
息を吐けば、白。
雪が降るのだろうか。
誰しもが抱く予感。
同じように外を歩く人々は皆、暖かな外套に手袋を身につけている。
「寒いね」
「そうだね」
当たり前のことを口にしてそれでも、返事がある嬉しさにワトソンは微笑んだ。
ん?、とわかっているのにホームズは首を傾げる。
もっと笑いながら、ワトソンは気づいた。
「ホームズ、ちょっと行き先を増やさないか。
だいぶん外套がくたびれてる」
ワトソンが見た、ホームズの外套。長年の愛用の結果、毛羽立ち毛玉ができ薄ささえ感じるようになっていた。
「今は平気さ」
それなのに、この返事。つまり、まだ替える気はないのだ。

「見栄えが悪いよ」
「そうじろじろ見ないよ」
「貧しく見えるね」
「その通りだからね」
「寒くない?」
「まったく」

ぽんぽんっと即答の返事。

ついには双方黙り、さらにワトソンは深く帽子をかぶり直した。
楽しい、散歩だった。このあとは何か音楽でも聞く予定だった。楽しく、聞く予定だった。
今もそうかと思えば、微妙。

「いいかい?ワトソン。
何事にも理由はあるんだ。こんな外套にもね」

それを知ったか、この発言。

いやに落ち着いたホームズの声。ただの言い訳だろうとわかってはいるが、ワトソンは聞かずにはいられない。
「どんな理由?」
にまとホームズが顔を歪ませる。
「そうだね。
まず、外の寒さが確実にわかる。どんな冷たさか、ね。
君もよく知っているけども、冷たいと人は上手く身体を動かせない。手だってそうだ。いや、まず外に出たがらない。
だから、寒さを知ることは相手を知ることになる。
どんな服装の人間なのか、その殺意はどれほど強いのかとね。それに」
言葉を切って、わざわざホームズはワトソンを見た。首を傾げながら。
「もうよそうか。つまらないだろう?」
くっと息を飲み、ワトソンは渋々呻いた。
「いいや」
「そうか。じゃあ続きだ。
それに、この薄さは私が動きやすいんだ。
厚地だと細かく動けない。肩だって動かしにくい。狭いところだって馬鹿にできない。
寒さでもそうさ。今より寒くなったら家に帰りたくなる。私はもう寒さに馴れてるだろう。だからいつまででも同じように動けるんだ。
本当に、この外套のおかげで寒さに強くなったよ」
言い訳だと、言い訳なんだとワトソンはわかっている。わかってはいるが・・・言い訳にしてはおもしろい。

ぱちんとホームズが指を鳴らす。

「それでだ。一番重要な理由なんだが。わかるかい」
「うん、なんだろう」
「ワトソン、君さ」
「意味がわからないな」
「こんな外套だからこそ君をより身近に感じれる、ということさ」

するりと腕が絡む。
うろたえるワトソンにもっとホームズは寄り添った。

「ほら、君のぬくもりで暑いくらいだ」

鼻先で微笑まれ、さらに混乱。
けれど、幸せな類いの混乱で。
軽い咳ばらい。

「それならいいんだ」

だろう?と腕を引っ張り、ホームズは歩き出す。
つられワトソン歩き出し、ふと首を傾げる。
何かおかしいような
「ワトソン?」
「え。あ、すまない。なんだっけ?」
「今からのことさ。何にしようか」
「うん、そうだね」
楽しく会話を続ければ、違和感は薄れ消え。
後には仲良く腕絡ませ合い、楽しく歩く二人だけ。