ぷかぷかと煙草を吸っているホームズ。
何か考え事をしているのか、新聞を見てはうんうん唸っている。
興味を持ちそうだな、と思った記事があったから。
きっとそれなのだろう。
その中にはきっとこれは誰か来るだろうな、とワトソンでさえ思った記事があったから。
説明する順序を組み立てているのかもしれない。
そう、ホームズは親切なのだ。
意外にも・・・気が向けば。きっと、たぶん。
自分を顧みないのも、社会が奇麗に動くことが大切だと考えているせいだろう。たぶん。
だから、かなしいのかもしれない。
社会第一だから。

ワトソンは迷った。
ちょっと試してみたいことがある。

今でなければいけない。
自分、ではなく社会に集中しているホームズ。
自分の周りを見てくれようともしない。
それだから友達が少ないんだ、と言ったのはいつだったろうか。
それにホームズはなんて答えたのか。
ワトソンは覚えていない。
覚えていないということは、酷いことを言われたのだろう。
いなくとも生活は成り立つ、だとか、邪魔なだけだ、とか。
友達でさえ、そうなら、恋人はどうなるのだろう。
同じじゃないか。
例えば、今のように。
顔を合わせたのも久しぶり。
でも、ホームズは。
そう、ワトソンは。



「君のことが大嫌いだ」


ぽつり、と言ってしまえば、止まらない。


「ひきこもるのはやめてくれ。一体どれだけ心配したんだと思うんだ。
せめて一日一回、ハドソン夫人とでも顔を合わせてくれ。部屋の掃除もさっさとしたらどうだい。
この部屋もさ。お客様が来るというのにどこから手をつけていいやら。
それでにだ。しっかりと寝ていないだろう。何か怪我でもしたらどうするんだ。」

言い慣れたお説教。
違う。
言いたいのは。


「ホームズ。僕は君が本当に大嫌いだ」


ぎゅうっと抱き締められる。
顔を這う生暖かさ。
いつのまにか閉じていた眼をワトソンは開けた。
ホームズがもっと近くなる。
ここにいるよと。
ちゅ、と軽い水音。
そして、絶望に満ちた言葉。
「私のことが本当に大嫌いなんだね?」
縋りつくような眼。
あぁ、とワトソンは頷いた。
「本当に、本当の?」
「もちろんさ」
見る見るホームズの顔が情けなくなっていく。
「神に誓って?」
ワトソンの唇がふるふる動く。
もうたえれない。


「今日はエイプリルフールだよ!」


笑い出したワトソンをきょとんとホームズは見つめた。




「だからっエイプリルフールさ!見事にひっかかってくれたね!
本当に大嫌いの反対ってことさ!」



笑いが止まらない。
騙せたことが嬉しくて。まだ愛されているのだと幸せで。


ホームズの腕の力が強くなる。
仕返しなのか、痛ささえ感じる。
その痛みにさえこの上もなく気分が高揚する。
襟を掴み引き寄せる。
ワトソンから唇を合わせた。
ぐしゃぐしゃのシャツがもっとぐしゃぐしゃになる。
それよりも、幸せだと伝えたくて。
「普通に愛を囁いてくれよ」
吐息の合間の苦情。
「だって不安だったんだ。
君の世界に僕は本当にいるのかどうか」
よくわからない、という顔をするので。
だから、かなしいのかもしれない。
社会第一だから。
それでも、愛しているのだから。
「はははっ」
ワトソンは唇を舐めた。
悪戯っ子のように。