youth
形容詞
若々しい、元気な

軽く老いてます




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ぽかぽかの日差し。
ふわぁ欠伸をして、ペンを置きワトソンは眼を擦った。
この地に来て何年か。
人混みも空気の悪さも、ここにはない。
石畳にはない、暖かさが老いた身体には嬉しい。
膝の上に置いた、メモが風に遊ばれる。慌てて手で押さえ、ふぅとワトソンは息をついた。
転がったペンを拾う。
そして、メモを見つつ記録帳にまた文字を書き始めた。

この記録帳は絶対に世間には公開しない、二人だけの記録帳。

ホームズだけが全てを知る事件も含まれているからだ。
あのブリキの箱にさえも入っていない、本当にホームズだけが知る真実。
けれど、ワトソンにならと。一緒に楽しめるならと。
そう言って語ってくれたのが、数年後のことだったがとてもワトソンは嬉しかった。
ホームズが引退して離れ離れになって、このままかと思っていた。
けれど、来てほしいと言外にそうして告げられ。
踏み込みたくても踏み込めなかった、領域にようやく踏み込めたのだと。最期への時間を一緒に過ごしていいのだと。
記録帳を見る度に、思い出す幸福。
ふふっとワトソンは微笑んだ。

誓約書も証明人も指輪も、確かなものはない。
だが、これこそが確かな愛の証だ。

さらに嬉しいことがある。
ホームズが手がけた、大小様々な事件の全てを書く作業。
その事件はやはり膨大な数に及び、まだまだ終わりを見せない。
なんて幸せなのだろうか。
ふふふっと、ワトソンは笑みを深めた。

それにしても。
少し哀しむべきは、老いていくことだ。

顔をしかめ、眉間を揉む。眼がだんだんと見えなくなっている。いや集中が続かない。
疲れやすくなった。
それに比べ。
ふぅとワトソンは溜息を吐いた。
いつまでもホームズは若い。
白いものが頭に混じりはじめたが、まだ黒々と薄れてもない頭。
途中で眠ってしまいがちな誰かとは違い、長々と細かく迷うことなく事件の話はできるし。
今だってそうだ。
前をワトソンは見た。
花々の間を飛び回る蜂を追いかけ、ホームズも飛び回っている。
その動きは若い頃そのままで。
それに肌だって皺が少ない。田舎ぐらしのせいで、不健康さが薄れてしまった。
本当に若々しい。
いやいやいや自分もまだ。否定し、手が目に入る。
皺が寄る、なんとなく細くなった手。

だけど、だ。

まだ、自分だって若い。はず。だから、思い込めば若いんじゃないか。そうだ。最近無茶をやっていない。分別ある大人としてとてもいいことなのだが、それも原因じゃあないだろうか。ぐずぐずと座っているようなものだから。じゃあ、うん、なんだか無茶をしたくなってきた。

「うん、ホームズを驚かしに行こう」

たいした無茶ではないが、老いた身には結構な無茶だ。
なにせ今から猛然と駆け寄り、叫ぼうとワトソンはしているのだ。
無茶、というより無謀。――滑稽。
「大丈夫さ。まだまだ走れる、無事にね」
誰に聞かせる訳でもなく、呟く。よっこらせと立ち上がる。
内ポケットにしっかり、ペンや記録帳にメモも仕舞い込む。
そうしながら、思いつく。
ただ走り寄り叫ぶではなく、後ろから抱き着けばいいんじゃないか。
そのほうが若々しい、だろうし。そんな感じがするし。きっと楽しい。
ワトソンはにまっと笑った。
わくわくと血が騒ぐ。
一つ伸びをして、走り出した。
景色はするする動かない。
ずるずる動く。
きっと速さは遅くなっている。しかし、気持ちは若いままだ。
ずるずるワトソンはホームズを愛し続けている。
しっかり前を見れば、何事かと立ち尽くすホームズ。
くつくつ笑いながら、ワトソンは思いっきり飛びついた。