「無意味だ」


熱を吐き出した瞬間、後悔。


離れていくホームズにまたかとワトソンは呻いた。
「なぜ私はこの無意味な時間を過ごしたのだろうか」
ぶつぶつ聞こえる思考。
殴りたくなる。
吐精したばかりの身体は緩慢にしか動かせず、ワトソンは拳を握るだけだったけれども。
想像の中で、既にホームズは殴られていた。
「一個人の瑣末なくだらない感情や興奮は果してそれがもっとも大切なのだろうか」
ホームズの思考はまだ聞こえる。
せめて、と思う。
床で発情する前に、全てを終える前に、後悔してくれないか。

どんどん冷えていく。

溜息一つ。
なんとかワトソンは起き上がり、座り込む。
同じように座り込み、呟き続けるホームズの顔を両手で包む。

「ホームズ！」

ゆら。呼ばれ、眼だけを動かし見た。慌てて逸らす。


「ホームズ！いいかい？
無意味じゃあないんだ」


そして、鼻に口づけられた。
追いやった熱が蘇る。


ふっと熱くなる。


「無意味だ」


追いやるようにホームズは呟いた。
「先程の時間に何の意味がある？
私は一体何をやっているのだろうか！一時的な熱にうかうかと流されてしまった。
…それもこれも君のせいだよ、ワトソン」
ぱちり、とワトソンは瞬いた。
たまにあることだが、やはりホームズはわかっていない。
「それほどに僕を愛している、ということになるね」
それは、腹立だしくも甘い、熱烈な告白。
ホームズの眼が瞬く。
優しく笑いかけてやる。
「そうだね。僕も同じくらい愛している。
こんなことを受けいれてでも、君を深く感じたいのだからね。
馬鹿らしい。自分でも思うさ。でも、だ。一緒にいたい」
また眼を逸らし、ホームズは呟いた。
「この関係は永遠ではない。一時の瑣末な感情なんだ。くだらない感情さ。
死んでしまえば消える」
「来世、があるじゃないか」
「不確かな話は止めたほうがいい」
「まぁね。僕も信じ難い。でもまた君に出会えるなら信じたい」
「・・・どうしてなんだい？」
大きな溜息一つ。
「だから愛しているからだ！」
ホームズは無表情でワトソンを見つめ、笑った。
「何がおかしいんだい？」
「裸の男が二人して滑稽だ」
「ホームズ、君がしたんじゃないか」
「そうか。責任をとろう」
ゆっくりとワトソンは押し倒す。
抵抗はなく、それどころか手が伸びてきて背中にまわされた。さらには、耳に囁かれた。
「結局はそうなんだ」
何も言えない。
そう、動いてしまうのだ。
唇に口づけ、柔らかな感触を楽しむ。胸に手を置き、思うままに楽しむ。
勝手に動く身体に、ホームズは苦笑した。
しかし、悪くはない。
喘ぎながらくすくす笑い、ワトソンは尋ねた。
「来世を信じる気になったのかい？」
「君にもう一度触れれるならね」
笑う唇を笑う唇で塞ぐ。
ホームズが入ってくる感覚にワトソンの悲鳴が上がる。
お喋りはおしまいだと、急激に動き出す。
濡れた音と荒い息。
それだけの空間。
ふいにはっきりとワトソンの言葉が響く。


「無意味だとまだ思う？」
「いいや」



爪が背中を切り裂いた。
証拠というかのように。
その痛みすらも、ホームズにとっては意味がある。







戻