むずむずとした衝動。
それは例えるなら、誰かを殴りたいような誰かを切りたいような。
暴力的な、何かの一歩前の。



「ふぅん」
たんっ、たんっ。指で頬を叩き、ワトソンは深く息を吐いた。
どうしようかと迷う。
身体に溜まっている熱はどうにもこうにも、相手を労りながら発散できるものではない。
征服欲ばかりが出た、どうしようもない熱。
昔なら、そう、昔なら。適当な娼婦、もしくは腑分けでなんとかなった熱だ。
今は、そう、残念ながら今は。
覚えてしまった熱に喉が鳴る。
机の引き出し。仕舞い込んでいた、カード。
チェックして、立ち上がる。
夜の時間。
誰も来ていない。
何もかもちょうどいい。
いや、そんなことを考えなくても、きっと彼は待っているだろう。
あまり認めたくはないが、根はワトソンと似ているのだ。

とんとんとんっ
階段を下りる。
ドアをノック。前に、開く。

「どうぞ。似ているようだ」

出迎えたホームズにワトソンはカードを一応、見せる。
わかっているだろうし、同じだろうけれど。
儀式のようなもので、やらなければ何かがすっきりとしない。
そうして、部屋へ。
予想していたように、用意されていた何も置かれていない机と椅子。
あとは、静寂。
ホームズの正面にワトソンも座った。
持ってきたカードを渡す。
これも儀式。持ってきた方が持ってきていない方に渡し、勝負の準備をさせる。
美しくカードを切る、ホームズを黙ったままワトソンは見た。
少々こざっぱりしている。きっとたぶん、こちらから行かなくても呼ばれただろう。
同じだなと、考えてしまったことに苦笑。
ふいに、薄暗くなる。
唇に唇。
ほんの少し、離れた距離で囁かれる。

「さぁ勝負だ」
「こちらこそ」

ぎらぎらとした眼の輝きに、ふとワトソンは思った。
勝負しなくてもいいんじゃないか。今日は女役でもいいんじゃないか。
けれど、これも儀式。
負けて貪られるのもいいな、と思いつつも渋々カードに手を伸ばす。
今日はそんな気分だ。
そもそも始まりも、ホームズが襲いかかってきたことからだ。
ひどく気持ちがよかった。
男子高校や軍で、まぁあまり大っぴらには言えないが、両手未満の経験はあったわけで。
そのときの、スリルというか屈服もしくは屈服させれる興奮は、なかなかに味わえない興奮で。
まさしく獣のような行為は、手軽にかつ安全に味わえるのだと知ったとき癖になった。
例えるなら、気持ちがいいだけの殴り合い。
体内に侵入する異物に遠慮なく暴れられ、みっともなく喘ぎ弱さを曝け出すか。
細く引き締まった腰を力任せに掴み、滅多なことでは歪まない顔を歪ませるか。
男役か女役かをカード勝負の勝ち負けで決めようとしたのは、いつだったか。
何故か、よく覚えていない。
確か、突っ込まれる気分じゃないとごねたような気はする。
そのときに、ホームズはにんまりと笑った、はずだ。
『やはり同じだと思ったよ』
囁きながら。

「確かに、考え事は今の内だ。
もうすぐ何も考えられなくなる。」

言われ、ワトソンはようやく自分のカードをよく見た。
見たが、ふぅんと呟いただけだ。
今日はもう、負けてたい気分なのだ。
早く、終わってしまいたい。
それでも、終わりにしようとは言い出せない。
儀式を途中で終わらせたら。
その先を考えたくはない。
二人の間には、たまに発生する熱しかないのだと。
あぁ、考えているだけで終わりだ。
ん?、とワトソンは眉根を寄せた。
何かホームズに言われたことがあるような、ないような。

「君の番だ」
「ん?あ、あぁ」

じっとワトソンはホームズを見た。

「なんだったっけ?」
「何が?」
「君にとっては無意味なことさ。
そう、すごくつまらないことだね」
「女か」

無視して、ワトソンは首を捻った。
何も出てこない。
まぁいい。ゆっくり思い出そう。
今だけは、ホームズを見ていることを許しているのだから。
そして。
思い出さなければ、それはどうでもいいこと。
もしくは―
無骨ではない適度に細い指。今は黙っているが掠れた声は耳に良い。かさついた肌は意外にも滑らかだ。
視線を逸らす。
それはもしくは――――――――
乾いた唇を舐める。
早く、何も考えさせないようにしてほしい。